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人間とは、進化の一過程として霊が地球で過ごす期間の呼称に過ぎない [霊(生命)の進化、霊性の向上]

ヴィーガンハンバーグライスDSC_0281.JPG
ヴィーガンズ ランチ マイセンさんの玄米大豆ミンチを使用したハンバーグライス


人間とは、霊が地球という天体に生まれて、わずか100年ほどを過ごす、その間の霊の呼称である。
人間は霊であるが、地球に生まれて初めて個性である魂を持つ。

霊は本来完全であるが、分霊は完全性を秘めているだけで、不完全な霊である。
不完全な霊が、完全という方向に向かって一歩づつ歩を進めること、それが本来の生命の進化といわれるものである。

ダーウィンの進化論は、生命ではなく肉体という身体の進化のことを言っているのであり、生命である霊の進化のことではない。
人間にとって大切なのは肉体という身体の進化ではなく、生命である霊の進化である

魂とは その分霊が肉体という身体を着て様々な体験を経て、霊が輝きを増す、つまり霊的に進化をするために与えられた個性という分霊の一片の呼称である。
この魂のことを私たちは自分とか私と言っているのである。

地上の魂は鉄にたとえられる。
鉄は熱せられ、打たれて、強くなっていき、やがて折れない曲がらないハガネになっていく。

自分をどうするかは、一人一人の意識と意志に委ねられている。
意識と意志のことを精神という。

私たち霊は、ようやく地球という天体に人間として生まれるまでに進化してきたのである。
シルバーバーチは、霊が誕生して人間として生まれるまでの期間をいく百万年と表現している。

ところが、人間は地上に生まれた途端に、自分が霊であるということを忘れてしまう。
分霊の中の一片に過ぎない未熟な魂である自分を、完全だと勘違いし始める。

地上にはいく百万年という長い年月の過程にいる、たくさんの生き物たちが生存している。
彼らは人間と何も変わらない霊である。
違いは進化のどの過程にいるかであり霊としては同じなのに、その霊を私たちはあまりにも粗末にしていないだろうか。

人間としての進化は、肉体的→精神的→霊的と進んでいく。
21世紀に入って地球はようやく肉体的から精神的な時代に変わろうとしている。

精神的な時代とは、意識と意志が向上して肉体的な欲に負けなくなることに他ならない。
少子高齢化となるのは至極当然の結果であると言える。
私たち霊が修行する、つまり霊的向上をするために用意されている天体は無数にあり、向上の段階も無限にあるのだから何も心配をすることはない、先は長いのである。

霊は完全であるが、私たち分霊は不完全である。
この両方を意識することが大切である。

霊の完全性は、大自然を見ればわかる。
一つのタネからは違う実がなり花が咲くことは絶対にない。
地球はいく百億年という年月を同じ軌道で、同じ時間で、自転公転を繰り返している。
これらの完全性のことを自然の摂理とか霊的な摂理という。
シルバーバーチは、数学的正確さ、と表現している。

霊的な摂理は、霊に対しての摂理、決まりである。
人間は霊であるという意識が重要である。

私は霊であり、あなたも同じ霊なのである。
だから私たち霊には、霊的摂理が常に働いていて、自分の魂の表現である言動・思念という原因に対して結果が出てきているだけである。

そしてその結果が新たな原因となって、新たな結果を生む。
このように人生とは、原因と結果が連綿と続いている、その現れに過ぎない。

だから、「いま」なのである。
いまの言動・思念が未来の結果を創るからである。

魂は困難・障害・病気・悲しみなどの苦難により、打たれて、焼かれて、ようやく強いハガネになっていく。
そういう過程を経ることで、魂は琴線に触れるのである。

セコセコと小さく生きてはいけない。
魂をオープンにすることである。

あなたは「自分にはうそ、ごまかし、かくしごとはない」と言えるだろうか。
オープンとは、まずは正直になることである。
自分を含むすべての霊に対して、うそ、ごまかし、かくしごとをしないようにすることである。

これは損得ではない。
損得というのは、物質的な視点での見方である。
損得という基準を卒業して、霊的な摂理を判断の基準とするように、自分の理念・哲学を変えていくことが必要である。

宇宙は生命のために存在している。
換言すれば、宇宙は霊のために存在している。
宇宙は霊界なのである。

地球の人間と宇宙に存在する霊との違いは、肉体という身体を着ているかいないかの相違だけである。
それはそれぞれが異なる進化の過程にいるからである。

霊には霊的な摂理が細大漏らさずに常に働いている。
人間は不完全な霊であるから、完全な霊的な摂理によって霊が進化する方向に向くように常に是正されているのである。

それは困難・障害・病気・悲しみなどの苦難としてあなたの前に置かれるはずである。
シルバーバーチの霊訓で霊的な摂理を学び、それを背骨としてチャレンジすることで、必ず克服できるはずである。
克服できないものはあなたの前には置かれない、これも霊的な摂理である。

自分は不完全な霊であり、霊的な摂理という完全な法則が常に働いている、ということを意識して生きることが大切なのである。
なぜならば、試練は不意に訪れるからである。
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