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生老病死 ①生きる苦しみ [生きる]

ヴィーガンサラダ特大DSC_0156.JPG
写真は 取れたてレタス大盛りの ベジ グリーンサラダ
ドレッシングとフォークが小さく見えませんか。

生命は生きることを宿命づけられています。
生きることから逃れることはできません。

人間は肉体という重い身体を身につけています。
肉体という身体には、本能と言われるものが備わっています。

食欲、性欲、睡眠欲はよく知られた本能です。
肉体がある以上、この3つの本能が消えてなくなることはありません。

では欲は必要ないものなのでしょうか。
欲を全て捨ててしまえば、人生は良くなるのでしょうか。

たとえば意欲という欲があります。
あるいは他人のために何かをしたいという欲があります。

これらは人間にとって必要な欲だと思います。
全ての欲を捨ててしまったら、向上しようという意欲もなくなってしまいます。

それでは本末転倒というものです。
では私たちはいったいどう生きていけば良いのでしょうか。

その答えは一つだけです。
「生命が進化する方向に向いて生きていく」ということです。

生命が進化する方向というのは、生命の摂理・法則に適った生き方をするということです。
それは一人一人の人に託されています。

人間は地上に数十億人いますが、誰一人として自分と全く同じ霊性(生命性)の人はいません。
ですから非常に生きづらいはずです。

人間は生命ですから、一人一人生命の進化の程度が微妙に違うのです。
ただこの進化の程度というのは、地上的な尺度ではなく、生命的な尺度で見なければなりませんが、地上に生きているうちはそれは難しいです。

イエスはこのことを「後のものが先になり、先のものが後になる」と言っています。
他人のことも、自分のことさえも、どの辺りの進化の過程にいるのかはわかりません。

人間は霊性が向上するほどに他人を批判したり、非難したりせず、謙虚になるようです
生命は見えません。地上で見えるものには価値がなく、本当に価値があるのは見えないものである、ということでしょう。

地上が勉強になるのは、様々な進化の程度の人間がいるということです。
進化の程度は様々ですが、全員が完全に向かって紆余曲折しながら歩を進めているのです。

その知識があれば、人を許し、受け入れることができるようになるはずです。
そして誰に対しても変わることなく、同じ態度で接することができるようになるはずです。

そのためには、うそ、ごまかし、かくしごとという不正直を排除して、正直になるよう努力することが必要です。
それは換言すれば、愛を深く大きくしていくということでしょう。

生命は進化すればするほど、選択肢がなくなってきます。
あれもしたい、これもしたいという選択の幅が狭まってくるのです。


宗教のことを書きます。

今ある既存の宗教はモノに頼っています。
ですからどうしても 拝金的、組織的、排他的にならざるを得ません。

生命とは何かを教え、人間が進化する方向、つまり生命の摂理・法則に適った生き方を啓蒙していくのが本当の宗教である、と私は思っています。

それは拝金的ではなく、排他的ではなく、組織的ではないもののはずです。
それが本当の宗教の在り方ではないか、私はそう思っています。


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