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霊性の向上とは意識を肉体→霊へとギアチェンジさせていくこと

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いまあなたは生きている。
自分は生きているという意識がある。

だがそれは脳を使って考えていることが多い。
それを魂で思い、感ずるようにする。

脳というのは肉体である。
魂というのは生命である霊の属性であり、あなたという個である。

意識は精神であるが、精神は魂の属性に他ならない。
つまり意識とは魂の状態、現れを表している言葉であり、意識=魂と言っても良いと私は思う。

では、何を意識して生きていけば良いのだろうか。
これは大きく二つに分けられると思う。

一方は、魂がまだ琴線に触れていない人、霊的に覚醒していない人である。
そしてもう一方は、魂が琴線に触れた人、霊的に覚醒した人である。

琴線に触れたか触れていないかは自分で意識できるものである。
琴線に触れたということは「人間は霊である」ということを受け入れる準備が整ったということに他ならない。

準備が整ったら、「人間は霊である」ということから逃げずに、認め受け入れることである。
「自分は霊であり、その属性の魂という個性が肉体を通して自己を表現している」という意識を持つようにすると良い。

人間には欲があるから意識は肉体に留まろうと抵抗をするだろう。
抵抗はあなたの弱い部分を誘惑してくるであろう。
だが、その抵抗、誘惑に負けないようにしなければならない。

一般的には、物的に得をしようとすると、霊的な向上は得られないことが多い。
つまり物的な得は、霊的な損である、と心得ていれば良い。

物的というのは、金銭、地位、名誉、肉体、慢心(うぬぼれ)・・などの欲である。
物的に損をするということは、誰かが得をしたということである。

人間は自分が損をするということがなかなか許せないものである。
それが怒り、愚痴(悪口)、不正直という人間の3大悪癖を生むことになる。

忍耐心と寛容心を育てなければ、霊的な得、つまり向上は得られない。
それは相手を認め、許し、受け入れるということに他ならない。

それはまさしくとてつもない苦難であり、魂の修行である。
このように魂の向上は苦難を伴って初めて可能になるのであり、シルバーバーチは「霊性の向上に伴う苦難がもっとも厳しい苦難である」と言ってる。

人を許せるようになるのは、人間はそれぞれが進化の一過程にあり、一人一人その立ち位置は違う、つまり霊性は一人一人違っていて同じ人はいないということを知っているからできるようになるのである。

知識があるから、人を認め、許し、受け入れることができるようになるのである。
知識はこのように体験を通して絶対的な摂理として自分の中に蓄積されていくのである。

霊的な摂理にかなった生き方をしようとする強い意識がなければ、誘惑を排除する強い意志は育たない。
その根底にあるのは「人間は霊である」「自分は霊である」という絶対に揺るがない理念、哲学、背骨である。

このような体験を通して魂が向上してくれば、得をした時には損をしたと思い、損をした時には得をしたと思うように意識が180度変わってくる。
さらに、意識を意識することにより、魂がどこの進化の過程にいるのかを客観的に、換言すれば、霊的に見ることができるようになってくる。

魂という意識を霊という意識で、意識的に見るようにするのである。
魂も霊もどちらも自分である。

さて、魂が琴線に触れるまでは、日常に最善を尽くして生きることである。
目の前の困難、障害から逃げずに、相撲で言えばがっぷり四つになって自分が取り組むことである。

魂が琴線に触れた後は、「自分は霊である」ということを意識して、まずは自分の中から、うそ、ごまかし、かくしごとを排除していくことである。
まずは言動から、そして思念からも排除していくように努力していくことである。

人間は不完全な生き物である。
それを自覚して、より完全に向けて進んでいくという意識を持って日常を過ごすことが大事である。


意識を意識して向上させること、それが霊性の向上につながる。
地上でも、霊界でも、自分と自分の環境に顕れる現象は、意識以上のものでも以下でもないのである。

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