So-net無料ブログ作成

霊と肉体は180度違う。その狭間で魂である自分が葛藤する

ヴィーガン太陽DSC_0305.JPG


昼と夜、光と闇、善と悪、見えるものと見えないもの、霊的視点と肉体的視点、霊と肉体・・・宇宙はすべて相対的に創られている。

人間は天秤棒であると思えば良い。
真ん中で支えている三角が魂である自分である。
そして右端に霊、左端に肉体がある。
霊も肉体もどちらも自分である。

つまり自分というのは真ん中の三角であり、右端の霊であり、左端の肉体であるわけだ。
さて、いまあなたはこの三つの自分のうち、どの自分を一番身近に感じるだろうか。

なぜこのようなことを言うかというと、自分という人間を客観的に見るためである。
おそらくほとんどの方は自分は肉体であると感じているのではないだろうか。
なぜならば肉体は目で見えるからである。

他の二つ、魂と霊は目では見えない。
しかし、なんとなく自分は魂だと思っている人も少なくはないと思う。

魂というのは、まさしく自分であるが、この地上に初めて誕生した小我である。
大我はもちろん霊である。

この初めて誕生した小我である自分は、放っておくと肉体的に生きようとする。
それにブレーキをかけるのが大我である自分である。

真ん中で天秤棒を支えている魂という自分、この自分が大事なのである。
人間には精神があるが、精神は霊の属性である魂の属性であり、肉体の属性ではない。

その証拠に、肉体が滅びた後も霊と魂と精神は滅びることなく霊界という新次元にそのまま行くことができる。
その時には、新しい次元に合った身体を身につけていることだろう。

アオムシは2次元で生きている。
このアオムシに、いくら大空の話をしてもまったく興味を示さないが、アオムシの身体が死ぬと中からチョウチョが現れて3次元の大空に飛び立っていく。
アオムシはまったく3次元の勉強をしていないために、自分が異次元に来たとは思っていない。
それは身体があるためであるが、やがてアオムシは自分が3次元にいるということを理解する時が来る。

私たちも何も学ばず何も実践しなければ、アオムシと同じ運命をたどることになる。
少なくとも天秤棒が平行になるように生きる必要があるのではないだろうか。
そのためには、自分が霊である、ということを意識することが不可欠である。
霊とは生命、イノチのことである。

私たち人間は霊だから生きているのであり、その霊が肉体を動かし、脳を使ってしゃべっているのである。
このように霊が主であり、肉体は従なのであるが、実際の生活では意識は肉主霊従となっている人が多い。

意識は魂に従属しているから、霊的な真理を学んで意識を天秤棒が平行になるようにしていく必要がある。
少なくとも新しい次元に行くまでには、霊主肉従となり、天秤棒が霊の方に傾いているくらいにしたいものである。

天秤棒が平行になるように、もっと言うと霊に重きをおくようにする事を霊性の向上という。
霊性は霊的な摂理に適った日常を送ることで向上する。

霊性は何か特別な霊能的な何かをする事では向上しない。
霊能力を向上させても霊性は向上しない。
霊性を向上させることで霊能力は自動的に向上するのであり、逆はない。
霊性を向上させなければ、霊的な視点を持つことは出来ない。
霊的な視点とは、五感の延長の霊視などのような物的な視点のことではない。

家庭や職場、あるいはご近所という日常が大切なのである。
日常の中で霊的な摂理に適った生き方をすることを自分で意識することが大事なのである。

人間が生まれてきた目的は霊性を向上させるためであり、それは死後にいく新しい住まいでの生活をより豊かに、より充実したものにするのである。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感