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生命と霊と魂と身体 ①

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いまこのブログで記しているのはあくまでも私個人の体験と知識に基づいた記事あり、私の生命としての進化、霊性の立ち位置以上のことはわかりませんし、書くことができません。
そして進化が進むにつれて書くことが変わってくることがありますが、それは紛れもなく私自身が進化向上しているからであり、私はそのことをありがたく受け止めております。

さて、生命と霊と魂と身体についてですが、これは一言で言うとこれらの用語をどのような意味で使うかによって変わってまいります。
ですから書き手によって変わってくるし、読み手によって変わってくる、そういう難しい単語であります。

私は次のように定義しています。

生命とは、生きているエネルギーのことであり、原子やクォークなどの物質とは違う、生命素という波動のようなもので出来ており、人間の物質的な視点では捉えられないエネルギーのことです。
生命には誕生と死がありません。生命は無始無終です。

身体は生命が進化をするために必要な洋服のようなものです。
身体は生命が住む場所によって変わります。
つまり生命が進化をすればするほどに、より精妙な身体という衣服を身に付けるようになります。

地球という3次元の世界では、肉体という物質でできた身体が必要になります。
生命は身体を身につけることによって、自分を表現できるようになります。
ですから、地上ではどうしても肉体という身体が必要になります。

ところがようやく身につけた肉体という身体には賞味期限があります。
それが死です。
死とは肉体という身体との別れのことであり、進化の過程で避けて通ることができません。
死後に行くのは次元の違う霊界です。

私たちは生命です。
その生命が次元の違う霊界に行く、つまり私たちは生命から霊になるわけです。
生命と霊・・・・この2つの単語が交錯して、何が何だかよくわからないという方が多いと思います。

実はこれは視点の相違にあります。
人間には、肉体的な視点と生命的な視点があります。
生きている生命エネルギーの素のことを、肉体的な視点では生命、生命的な視点では霊というのです。

つまり、生命と霊という2つのものは、同じものを違う視点から見たものなのです。
生命とは霊のことであり、霊とは生命のことに他なりません。

人間は霊性が向上すれば必ず生命的な視点、つまり霊的な視点を持つようになります。
霊は怖くはありません。
なぜならば霊とは生命そのもののことだからです。

人間は生きています。
人間は紛れもなく生命であり、そして霊なのです。
私たちは死んで霊になるのではありません。

霊だから生きているのです。
私たちは生まれる前から、もちろん今も、そして死んだ後も霊なのです。

肉体をいくら切り刻んでも、生命は見つかりません。
生命は霊の目で見ないとわかりません。

しかし、霊能者に見えているのは、生命の素ではありません。
見えているのは生命が着ている身体に他なりません。
生命の素、生命エネルギーは霊能者にも見えません。

私たち人間は地上で肉体という身体を着ていますが、実はもう一つ見えない霊体という身体を身につけています。
この霊体のことを幽体とか神体とか、様々な用語で言うようですが、私は霊体という用語を使います。

ではなぜ肉体の他に霊体を身につけているのでしょうか。
それは人間が霊だからです。
霊には霊体が必要なのです。
ただ、この霊体も進化するたびに古い霊体を捨てて新しいより精妙な霊体を身につけるようになります。

私たち人間は霊です。
そしてこの地球も霊界の一部なのです。

霊的視点とは、宇宙という大きな目で、洞察力で、見えないものを見る視点、視野のことです。
霊的視点で見ますと、生命には大きな力である生命力というものが働いていることがわかります。

それは、生命の法則、生命の摂理というものが生命に働いて起きる力です。
生命の・・は換言すれば、霊的な法則、霊的な摂理ということです。

つまり、霊には見えない霊的な法則、摂理が常に働いている、ということができます。
これは知識で知ることは可能ですが、最も大事なのは体験することである、と私は考えています。

霊的な法則、摂理が霊に働く力のことを、霊力と言います。生命力のことです。
私たち人間が生命力である霊力を体験するには、どうしても避けては通れない道があります。

それは、霊的な法則、摂理に適った生き方をするように日常で努力するということです。
それは地上を生きる人間にとっては苦しく、辛いことです。

たとえば、今日本で新聞を賑わしている問題は、ほぼ「正直」ということがテーマになっています。
正直とは、うそ、ごまかし、かくしごとをしないことです。

霊界というのは正直が当たり前の世界なのですが、地上の人間の進化がまだそこまで到達していないために起きていることなのです。
これは肉体的な視点ではなく、霊的な視点で見たときに初めて見えてくるものです。

正直に目覚めれば、つまり霊性が向上すれば人間は変わりますし、国も地球も変わります。
しかし、ニュースを見ていればわかりますが、うそ、ごまかし、かくしごとを自分から無くして行くことほど、今の人間にとって辛く苦しいことはありません。

やがて人間は正直に生きることにどれほどの価値があるのかを気づく時がやってまいります。
進化はゆっくりと、スパイラルに進んで行くものなのです。

霊的視点を得るためには、魂を磨くことが不可欠です。
それは日常で自分の前に置かれたこと、困難や障害を自らが最善を尽くして克服していくことに他なりません。

それは自分という魂が向上進化するために、避けては通れない道なのです。
魂を磨かないと、霊性は向上しませんし、霊的視点を持つこともできません。

霊能者の方に知っておいていただきたいのは、霊的視点を持ったからといってそこが終着駅ではないということです。
それは、霊的な世界の幕開けにすぎません。
霊的視点には無限の段階がありますが、それも体験しない限りわかりません。

霊性の向上には終点がありません。
魂は、この地上でもいくらでも磨くことができます。

日常を霊的な法則、摂理に従って生きるように努力することこそが、魂を磨くことになります。
それは苦難であり、辛苦ですが、霊性が向上すればするほど、それを求めるようになります。
魂が生命の霊的な進化向上を望むからです。

魂については後日の記事で記したいと思います。
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