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人間の使命

コロッケバーガー2DSC_0108.JPG
コロッケバーガー作りました。
バンズはスペルト粉です。コロッケは玄米と大豆のベジミンチなどを使用しています。
コーヒーはカフェインレスの玄米コーヒーです。無調整豆乳と調製豆乳の両方を入れると味がマイルドになります。

私はまず肉と魚介類が食べれないベジタリアンになり、そしてさらに鶏卵と乳製品が食べれないヴィーガンになりました。
食べれないと書きましたが、食べれないわけではありません。

食べたくないというのが正しいです。
生命のことを考えると、どうしても食べることがことができません。

小麦は、おそらく品種改良されて、古代のものとは違うものとなっているために、アレルギーが起きているのだと思います。
ソバは通常小麦粉が入っていますから、それでアレルギーになるのだろうと思うのですが、もし純粋にそば粉でアレルギーが起きるとすれば、やはりソバも品種改良されたのではないかと考えられます。

スェーデンは国を挙げてベジタリアンを推奨しているようですが、それでは栄養のバランスが悪くなるので昆虫を食べること検討しているというような記事を読みました。
なぜこのようなことになるかというと、食を肉体的な視点でみているからです。

私たち生きているものは生命である、という原点の目である生命的視点で見ていないからこういうことが起きるのです。

では生命的視点でみて、植物は生命ではないのでしょうか。
いえいえ、植物も同じ生命に他なりません。

そうすると人間は究極、不食というブレサリアンになるのでしょうか。
それは私にはまだわかりません。

私自身はどこにどう導かれていくのか、自分ではわからないのです。
肉体的に生きているうちは、自分のしたいことと天が求めていることにはギャップがあります。

しかし、生命的に生きるようになってくると、天が求めているものが自分のしたいことになってくるのではないか、私はそう考えています。

その天にも、さまざまな天があります。
手の届くような地上に近い天もあれば、遠い彼方の星よりもさらに遠い天もあります。

結局、日常をどう生きているのか、何を思い、何を言い、何を行動しているのかということに尽きると思います。
遠くの大きなことではなく、目の前の小さなことにどれだけ愛を込めることができるのか、面倒くさがらずに自分が動いてできるのか、そういうことの積み重ねなのだと思います。

愛とは、認め、許し、受け入れることです。
私たち人間の愛は、まだまだ小さいのです。

同じ生命なのに、なぜ家族や他人を認め、許し、受け入れることができないのでしょうか。
人間だけではありません。

どんなに小さな生物にも、私たち人間と同じ生命が宿っているのです。
全ての生命を認め、許し、受け入れることができたらどんなにか素晴らしいことでしょうか。

恐れ、不安、心配、取り越し苦労があるのは、自分と他の生命を区別しているからです。
同じなんですよ。一つなんです。

生命の素としては、同じなんです。

石油は様々な製品になります。
洋服もゴムも建材もクスリもプラスチックも、できた製品はそれぞれ形も性質も違います。

でも元は、素は同じ石油ですよね。
全ての生物は、同じ生命という素、エネルギーからできているんです。

私たちは人間として生まれて初めて個性というものを持ちました。
だから顔も性格も価値観も一人一人違うんです。

だからといって偉いわけではありません。
生命に貴賎はないんです。

どの生命も尊いんです。
どの生命も進化の途中にあるんです。

生命の使命は、進化することなんです。
生命の進化のことを霊性の向上と言います。

霊とは生命のことです。
霊性の向上とは、生命性の向上、つまり肉体としての自分だけではなく、生命としての自分をどれだけ日常で意識することができるか、そして他の生命を同じ生命としてどれだけ意識することができるようになるのか、という方向に向かって自分を進めて行く強い意志を持つことで成就できるようになると私は思っています。

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