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私の履歴書(3) [10月の記事]

私の霊的な覚醒は2011年に訪れます。

大震災の時に思ったのは、メルトダウンで日本は危機的な状況にある、ということでした。
それなのに、日本人には危機感というものが全くと言ってよいほどありませんでした。
危機感をもって騒いでいるのは日本人ではなく、海外の人たちでした。

そんなときでした。
私の両の掌がジンジンとし出したのです。

そして見えないものが見えるようになったのです。
人がわからない匂いが、匂うようにもなりました。

霊聴も体験しました。

そして、モーリスバーバネルと同じように、自分でない何者かが、私の口を使ってしゃべるということも体験しました。

つまり、五感の延長上の霊能力のすべてを体験させられたのです。

おそらく、こうでもしないと私は信じないからでしょう。

さすがの無神論者の私も、「霊的な書物」を読むようになりました。
結構必死で読み、そして霊能力者の人に聞きに行きました。

一番最初に読んだのは、山村幸夫さんの「神からのギフト」でした。
そこに「人間は霊である」と書いてあったんです。

「えーっ、あの忌ま忌ましい幽霊と同じなのか?」私はそう思いました。
そう思ったら、足腰に力が入らなくなりました。
脱力状態です。

それくらいこの「人間は霊である」という言葉が、私の魂に響いたということでしょう。

なぜ霊能力はでるのか、霊とは何か、魂とは何か、人間は死んだらどうなるのか、私の使命とは何なのか、などを私はもっと知りたいと思うようになりました。

様々な経験をして、たくさんの書物を読んで、あっという間に3年が経ちました。

私は当然のごとく、「目標」をもって霊的なことを進めようと思っていました。
それは人生で目標を持たずにいると何も成就できないと思っていたからです。

ところが、たとえばヒーリングをしても、いつまでたっても同じところをグルグルと回っていて先に進んでいない、ということに気付いたのです。

そこで私はこう思いました。
霊的なことは、もしかしたら「目標」をもってやってはいけないのかも知れない。
「霊」のことがよくわからないのは、霊能力を使っているからではないのか。

そこで、霊能力を使わずに、ただ毎日「シルバーバーチの霊訓」だけを読みました。

すると6か月たった時に、「正直」ということが大事であるということが分かったのです。
今から3年ほど前です。

地球という生命も、大自然も、一つの「うそ、ごまかし、かくしごと」もしていません。
全部自分をオープンにしています。

それから、自分の弱いところ、誘惑に弱いところをなくしていく、というのも大切な課題であることに気づきました。
いっぺんにはできませんから、それをひとつずつなくしていくようにしています。
モグラたたきのように遅々としてなかなか進みませんが、できることからやっていくしかありません。

そうこうしているうちに、正直、因果、愛、霊、魂、死・・様々なことが少しづつ、気付きという形で自分に入って来るようになりました。


私事では、仕事、家庭など様々な難しい問題、人が避けて通るような問題に損得抜きで最善を尽くすように心がけました。

マザーテレサのような戦争を止めるという大きな霊力ではありませんが、私もいくつかの霊力を目の当たりにしています。

霊能力というのは、「人間は霊である」ということを得心するために現れるということも気づかされました。

霊能力が現れた時点で人間は、決して霊性の高い人はいないと思います。

だから、そのまま霊能力を使っていては、いつまでたっても前に進めないのです。
自分の霊性以上の霊界人とはつながることができないのです。

霊界には霊性のヒエラルキーがあります。
自分の霊性以上の高い霊界には行くことができない、コンタクトすることができない仕組みになっているのです。

自分はまだまだ修行中の身です。
この世に生きているのは、魂を磨いて霊性を向上させ、人に役に立つためです。
そして死後に待っている人生を喜びで迎えるためです。

私は、願望を捨てました。

自分が〇〇をしたいという願望は、自分の「欲」に由来するものです。
たとえ、善行であろうと、ヒーリングであろうと、シッティングであろうと、それは人のためと言っても、結局は自分のやりたいこと、つまり願望だと思うのです。

今の私は、来るものは拒まず、です。

何が来るのかはわかりません。

マザーテレサは、「神が、家を出て道路に寝泊まりしなさい、と言ったら従うのです。大邸宅に住みなさいと言ったらそうするのです。私は神の鉛筆なのです。神の手となり足となるだけです」と言っています。

自分にそれだけのことができるのか、資格があるのかはわかりません。
もしなければ、その資格ができるまで、自分という霊性を磨くしかありません。

シルバーバーチはハッキリと「霊界の道具が必要なのです。足りないのです」と言っています。

シルバーバーチたちが必要としているのは「高い霊性」の道具なのです。

「正直」というのは、最も難しいハードルであると思います。
「思念」は勝手に右に左に行きます。

私も「思念」から正直になる、という修業中です。
霊界では思念が丸見えですが、肉体を着ている人間にとっては見えないので簡単ではありません。
見えない思念をみずからがオープンにしていくのは、本当に容易ではありません。

地上で見えるのは影であり、本当のものは見えないところにある。
思念も、そうだと言えるのではないでしょうか。

私たちが生まれてきた目的は、霊性を発現させ、そして向上させるためです。
今の日本はモノが豊かになり、私たちはすっかりとそのことを忘れてしまっています。

そんな中で、霊性を向上させる、これほどの困難、難題はありません。
しかし、私たちはこのような難問にチャレンジできるチャンスがあることを喜ばなくてはいけないと思います。

人間は必ず思った通りになります。
共に学び続け、チャレンジし続けていこうではありませんか。

感謝

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